なでしこ農園
Nadesiko Farm

なでしこ農園とは

なでしこ農園の歴史

明治27年に邸宅(東京駅と同年)、そして明治39年には、庭園を落成。およそ1ヘクタールの敷地に多くの客人を迎え屋号「加茂源」の名は広く知られていました。その当時、甲府電灯株式会社の筆頭株主であった当主は電気の普及をこの地に推奨し地域産業の貢献に尽力を注いだのです。

大正11年11月、秩父宮殿下が山梨にご訪問された折、当家にお泊まりになられました。当時、当家の屋敷は蒼龍閣(そうりゅうかく)と呼ばれ、中門にお立ちになり軍人姿の秩父宮殿下のお写真が今でも残っております。その後、この中門は秩父門と命名されました。

古くは、養蚕で有名な地で桑畑が四方に広がっている郷であったため、肥沃な土壌に恵まれ、また通気性の良い家屋は生産性のある立地と園主は判断しました。かつて桑畑だった敷地にぶどうの苗を育て始め、農園として現在に至っております。

その後、現在の園主はバルサミコの故郷イタリア・モデナの気候、歴史に春日居の地と母屋の歴史が似ていることから、バルサミコ造りに挑戦し始めました。山梨のぶどうは棚による栽培が主流ですが、当園では垣根式の栽培方法を導入しました。
現在、ぶどう栽培からはじまり、収穫、製造、販売まで全てを当農園で行っております。


宮様のお迎えに飾られた当時には貴重な電飾


垣根式のぶどう農園


秩父宮殿下をお迎えした第6代当主


秩父宮殿下が撮影された場所「秩父門」


庭園が落成し多くの職人や来賓と一緒に撮影


現在の当家 昔の面影を今に残し、歴史を語り続ける

園主の思い

山梨県笛吹市は全国有数の果実産業の盛んな地域です。この土地でぶどうを栽培しバルサミコ、ご当地ワインなどを製造、販売しております。師と仰ぐ志村氏よりオリジナルぶどう種「やまとなでしこ種」を受け継ぎ垣根式栽培法で醸造用のぶどうと食用のぶどうを生産しております。そして兼ねてより構想していた六次化を念頭にバルサミコの研究開発をして参りました。その中でこの地で生産されている食用のぶどうで市場に出ないB級品やC級品を買い取り醸造用のぶどうとブレンドしてバルサミコを製造するという取り組みを続けております。これはささやかではありますが地域貢献をさせて頂きたいという思いがこのような形で実現できたのです。これまでに多くの方のご支援、ご協力を賜り商品化につながりました。

現在、ぶどうを一から栽培し丁寧に一房一房収穫し、収穫したぶどうから自ら絞った果汁を煮詰めてモストコット、バルサミコ、コンフィ、コンフィピュレそしてワインなどに全てを使い尽くします。 ゆくゆくは、歴史建造物として残された当家をシンボルタワーと位置づけ、バルサミコのさらなる発展に貢献できるように発信拠点にしていきたいと考えております。

園主若 月 美 智 子